2度の全国大会で学んだこと

初の春の全国大会(静岡)

 監督になって2年目の春に初めて全国大会に出場できました。

3月とはいえ、富士山の麓にある球場は寒かった記憶があります。

中学の全国大会とはいえ、規模も大きく、会議、練習会場など

様々なことに圧倒された気がします。

準備から試合まで、フェリー、宿舎の手配等、

また、事務的な手続きからお金の管理も大変でした。

何より大変だったのは宿舎から練習会場や試合会場への移動

慌ただしさです。アップ会場が試合会場の近くとは限らないなど

勉強になりました。

さて自チームの力はどうだったかというと

130km近く投げる投手が2枚いましたが、

遊撃手に上級生が1人、残りのレギュラーは全員新2年生でした。

破壊力こそありませんが、バスターとエンドランを持ち味にした攻撃、

安定した投手力で試合を有利に進める力を持っていました。

試合会場についてみると相手チームがアップをしていました。

相手部員の数を数えてみると10人ぐらい。

体も小さく、あまり元気もない感じです。投手が良いとは聞いていましたが、

どこにも見当たりません。正直、普通にすれば勝てるかなと思いました。

ところが、試合前のブルペンを見ると、超大型バッテリーが立っていました。

その2人は兄弟で、投手は左投げで、おそらく140kmは出ていたと思います。

次の2回戦では、ノーヒットノーランだったとか・・・

1点勝負を覚悟です。

相手チームは打線の核もこの兄弟で、初回に1点を先制されました。

自チームもその裏に4番でエースの選手がホームランを打ち追いつきましたが、

その後は高速スライダーを多投され、かなり三振を喫し、惜敗しました。敗因は、

・相手チームを分析していない

・全国大会の慌ただしさに対応できていない

・好投手への対策 etc.

たくさんの課題の残った初めての全国大会となりました。

夏の全国大会(横浜スタジアム)

春の全国大会を経験したチームは、反省を元に強くなりました。

大事な試合は、ほぼ負ける事なく、練習への取り組みも

主将を中心に厳しく運営されており、

九州大会では、監督である私が入院している間に

決勝まで勝ち進み、横浜スタジアムへの切符を勝ち取りました。

初めての横浜で右も左もわかりませんが、

全国で16校しか出場できない大会でレベルも高く、

プロ野球が行われる横浜スタジアムで試合ができる

夢のような舞台でした。

お盆の時期の試合で、決勝までのホテルを予約すると

8泊9日の行程予定でした。(そんなに勝てると思っていない)

初戦は青森の公立中学校で、予選での失点が少ないチームでした。

さらに、130kmを超える投手が5人いるという

身体能力の高い選手が多そうなチームでした。

速球対策はかなりできているチームでしたので、

良い勝負はできると思っていました。

春の全国大会の反省から、アップ会場からの移動の煩雑さを避け、

横浜スタジアム内の室内練習場でのアップを選択しました。

1回戦は第4試合目で15時ぐらいの試合開始

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